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ドイツ料理から発想した、北里柴三郎の画期的な細菌培養装置。 北里柴三郎

北里柴三郎

資料提供/ 学校法人北里研究所

「日本近代医学の父」と呼ばれる北里柴三郎博士。その最も大きな業績は、世界初の破傷風菌の純粋培養だろう。博士は、この偉業をドイツに留学後わずか三年目に成し遂げている。しかし、実験は苦難の連続だった。当時、ドイツでは「破傷風菌の純粋培養は不可能である」というのが定説だったのだ。

ある日、研究所の同僚が連日の実験で疲れた北里を自分の下宿に誘う。キッチンでは、ガールフレンドが料理を作っていた。卵と牛乳を蒸し固めて作る、日本の茶碗蒸しのような料理だ。彼女は蒸し器のフタを開け、器に木の串を刺し込む。北里が何をしているのかと尋ねると、彼女はこう答えた。「奥の方が固まっているかどうか、確かめているの」。その瞬間、北里は躍りあがった。

たとえば、古クギを足の裏に刺したとき、破傷風の病巣は傷の表面ではなく奥の方にできる。ということは、破傷風菌は酸素の届かないところで増殖するに違いない。北里は料理をヒントに、破傷風菌が酸素を嫌う「嫌気性菌」であることを見抜いたのだった。

さっそく北里は酸素を排除できる細菌培養装置を自作し、ついに一八八九年、破傷風菌の純粋培養に成功した。さらに、その翌年には破傷風の血清療法を考案した。その後、北里の血清療法はジフテリア治療にも応用され、多くの人命を救った。

血清療法に用いられた「抗毒素」の概念は、今日では「抗体」として現代免疫学の確かな礎となっている。

(参考文献/山崎光夫 著 「ドンネルの男・北里柴三郎」)
(監修/北里英郎先生 北里大学医療衛生学部長)

世界初の破傷風菌の純粋培養に成功

好気性菌と嫌気性菌

細菌には、酸素がないと増殖できない好気性菌と、酸素があると増殖できない嫌気性菌、およびその中間に位置する菌が存在する。好気性菌には結核菌、緑膿菌、百日咳菌など、嫌気性菌にはボツリヌス菌、破傷風菌、酪酸菌などがある。しかし大腸菌、ブドウ球菌、サルモネラ菌などの一般細菌の大部分はその中間で、酸素がなくても増殖できるが、酸素があるほうが発育が良好となる「通性嫌気性菌」である。

不可能とされていた破傷風菌の純粋培養

破傷風患者の病巣からは、必ず太鼓のバチのような形の細菌が検出されていたが、この菌は常に他の菌と混じり合って存在し、純粋培養できなかったため、破傷風の原因菌と特定できず、また決して純粋培養できないものと考えられていた。

北里は、破傷風菌の芽胞が熱に強いことを知り、熱処理により雑菌を除去した後、酸素のない状態で培養する装置を考案し、ついに破傷風菌の純粋培養に成功した。

破傷風菌の純粋培養装置

資料提供/ 学校法人北里研究所

抗体の発見と血清療法

血清療法の仕組み

北里は、微量の破傷風菌毒素をウサギに注射する実験を行った。そして少しずつ液の量を増やしながらくり返し注射したところ、ついには強力な毒素と破傷風菌の芽胞を含む培養液を注射しても耐えるようになってきた。このウサギの血液を調べると、毒素を抑える働きのある物質が作られていることを突き止め、これを「抗毒素」と名付けた。この抗毒素こそが、今日では免疫学の基礎をなす「抗体」の発見だった。北里は、このウサギの血清を他のウサギに注射しても毒素を抑える働きが持続して破傷風にかからなくなることを発見、免疫血清を用いた治療法を考案した。

破傷風

破傷風菌(Clostridium tetani )が作り出す神経毒素により全身性のけいれんをひき起こす感染症。破傷風菌の芽胞は土中に広く常在し、外傷のある部位から体内に侵入する。侵入した芽胞は感染部位で発芽・増殖して破傷風毒素を生み出す。破傷風菌に感染すると、潜伏期間(3 ~21 日)の後に局所(引きつって笑ったような顔になる、口が開きにくい、食べ物を飲み込みにくいなど)から始まり、全身(呼吸困難や後ろ方向に弓状に体が反るなど)に移行し、症状が重くなると呼吸筋が麻痺して窒息死することがある。

ジフテリアへの血清療法の応用

北里の同僚のベーリングは、この血清療法をジフテリアに応用し、論文を出した。するとこれが認められ、彼は1901年に第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞している。彼は、自分だけの功績ではなく、北里あっての受賞であると述べている。

ジフテリア

ジフテリア菌(Corynebacterium diphteriae )の感染によって生じる上気道粘膜疾患である。感染、増殖した菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状が起こると死亡する危険が高くなる。日本ではトキソイドワクチンの接種により患者は激減し、年間数例が散発的に報告されるだけとなった。



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