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血液がすぐ固まってしまう…。輸血の難問を解決したのは、逆転の発想だった。 リチャード・ ルーイソン

リチャード・ ルーイソン

手に小さな傷を作ると、最初は血が出るが、すぐに固まりはじめ、やがて出血は止まる。「血液の凝固」は、生きていくための大切な体の仕組みだが、輸血医療の進歩という側面では、実はこれが大きな障害だった。

二十世紀を迎え、十年を経過する頃、アメリカ・ニューヨークの大病院に勤める生理学者、リチャード・ルーイソンは、輸血の現状を変えたいと考えていた。当時の輸血は、血液を提供する者と受ける者を並べ、注射器やゴム管を使い、大急ぎで腕から腕へと輸血する方式だった。どんなに急いでも、血液は数分で固まり始めてしまう。このため、満足な輸血量を確保できなかった。

ルーイソンの考えは、まさに逆転の発想だった。「急いで輸血するのではなく、血液の凝固を止めればいいのではないか」。彼が目を付けたのは、血液検査で使う抗凝固剤「クエン酸ナトリウム」だ。この物質には毒性があり、人に使うのはタブーだった。しかし、「薄めれば使えるのではないか」と考えた。4年にも及ぶ実験の末、一九一五年、彼はついに血液を凝固させず、毒性も出ない抗凝固剤の処方を突き止めた。しかも、この物質は体内では肝臓で分解され、無害になることもわかった。

安全な抗凝固剤の登場で、輸血は劇的に変わった。保存した血液を、必要なときに輸血できるようになったのだ。そして今日、輸血用の血液を成分ごとに採血する最新システムにも、ルーイソンの処方を基本とした抗凝固剤が使われている。

(監修 / 湯浅晋治 先生 順天堂大学 名誉教授、埼玉赤十字血液センター 名誉所長)

血液が凝固する― その当たり前の現象に妨げられた輸血の進歩

抗凝固剤が輸血に導入される前の手法と、その限界

20世紀に入って血液型が発見され、血液型不適合による副作用が回避されるようになってからも、まだ輸血には「血液凝固」という大きな障害が立ちはだかっていた。当時は、供血者と受血者を並べて行うarm-to-arm(腕から腕へ)という手法が一般的で、そのためのいろいろな装置も開発されていた。しかし、時間の経過とともに血液が凝固するという事実は変えられず、充分な輸血量を確保するのは難しかった。血液凝固の問題が解決されない限り、輸血学の進歩は望めない状況に陥っていたのである。

arm-to-arm輸血法の一例

arm-to-arm輸血法の概念図(例)

「arm-to-arm」輸血法は、最初のうちは、ただ供血者から注射器で採血し、直ちにその注射器で受血者へ輸血するといった単純な形が多かった。だが、次の例のように、より効率的な装置を用いた手法も工夫されるようになっていった。

  • 供血者と受血者の腕の位置をできるだけ近づけ、双方の腕の血管に針を刺す。
  • 2本の針はゴム管で接続されており、ゴム管の中央には注射器を差し込んだハンドル付きのコックが接続されている。
  • コックを回して供血者の血管と注射器を開通させ、注射器に血液を吸い込む。
  • コックを反対に回して受血者の血管と注射器を開通させ、注射器内の血液を受血者に注入する。
  • これを繰り返すことで輸血する。

しかし、このような手法を用いても、装置の内部で血液凝固が起き始めると、輸血を中止するしかなかった。

抗凝固剤の導入で一変した輸血の医学

カルシウムイオンの働きを止めて血液凝固を防ぐ

保存血の瓶

保存血の瓶
輸血用の血液は抗凝固剤入りのガラス瓶に採血され、やがて最長21日間保存できるようになった。

血液が凝固するとき、「血液凝固因子」と呼ばれる13の物質による複雑な仕組みが発動する。そのひとつにカルシウムイオンがある。ルーイソンが採用したクエン酸ナトリウムは、カルシウムイオンと化学的にしっかり結合してしまうため、血液凝固の仕組みが働かなくなるのである。

血液を保存して輸血することが可能に

抗凝固剤の採用により、輸血用の血液の扱いは飛躍的に単純になった。これまでのように採血と輸血を同時に行う必要はなくなり、採血した血液をいったん容器に保存し、それから患者を運び入れ、ゆっくり準備をしてから慎重に輸血をすればよくなったのである。特殊な技能を持った医師でなくても、また特別な装置を使わなくても、輸血が行えるようになったわけである。

ルーイソンはこう述懐している。「誰もかれもが輸血できるようになった。そして、私のような輸血専門医がもう必要とされなくなった」。

血液バッグの登場で大きく進歩した「成分輸血」の時代

プラスチック製の血液バッグでさらに進歩した輸血

現在使用されているソフトプラスチック製の血液バッグ

現在使用されているソフトプラスチック製の血液バッグ

近年、輸血用の血液は、ガラス瓶ではなく「血液バッグ」というプラスチック製のバッグに採血されるようになった。血液バッグの利点は、血液が外気に触れる機会がなく、細菌などの汚染を受けにくいこと、血液成分の損傷が少ないことである。そして、血液を成分ごとに分けて輸血する「成分輸血」が可能になったことなどである。

クローズド・システムでの成分分離が可能

血液バッグは、やわらかいプラスチックで作られているため、血液がバッグに入ったままの状態で遠心分離器にかけ、成分ごとの層に分離させれば、バッグを外から圧するだけで各成分を有効に利用することができる。血液が空気など外部環境から汚染されることがない「クローズド・システム」で分離できる血液バッグの登場で、赤血球、血小板、白血球、血漿、血漿中の血液凝固因子や蛋白質などを、目的に応じて有効に活用できるようになった。

血液の成分構成

成分採血システム

献血センターで使用されている
成分採血システム

献血と輸血のしくみと使用状況

*自分以外の白血球は副作用の原因となります。

身体への負担の少ない成分採血へ

成分採血(アフェレシス) 

採血された全血を後から分離して成分ごとに用いる成分輸血のほかに、最近では特定の成分だけを採血する「成分採血」が登場している。

成分採血とは、「アフェレシス」とも呼ばれ、供血者から血液を採血装置にいったん取り込み、血液成分に分離した後、必要とされる血液成分のみを採取する採血の方法である。血小板や血しょうといった特定の成分のみを採取し、赤血球などその他の成分は供血者の体内へ返されるため、身体への負担が軽くなる。

「アフェレシス」とは「除去」または「分離」を意味するギリシャ語に由来している。血液成分の採取を目的としたドナーアフェレシスのほかに、血液から病原因子や細胞を除去する治療的アフェレシスがある。治療的アフェレシスには、たとえば血中から病気の原因となる抗体や免疫物質を除去し、病気の改善を図るなどの方法がある。

アフェレシスの原理

下の図は、血液成分分離装置を用いたドナーアフェレシスのイメージである。供血者から採取した血液に、抗凝固剤を加えながら血液を体外循環させ、遠心力によって血液成分を分離し、特定の成分のみを採取する。採取しない血液成分は、供血者の体内へ返される仕組みである。

アフェレシスの原理

献血と輸血のしくみと使用状況

人工的に作ることができない血液。献血によって確保された血液が輸血用の血液製剤となり、病気やケガなどの治療に役立てられ、多くの患者さんを救っている。

献血と輸血のしくみと使用状況



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