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吸入麻酔の公開実験。痛みのない外科手術の時代は、この手術室からはじまった。 ウイリアム・モートン

ウイリアム・モートン

麻酔がなければ、患者は痛みと恐怖に耐えられない。今日の外科手術の進歩に、全身麻酔が果たした役割は大きい。

全身に麻酔をもたらす吸入麻酔の発明は、一八四二年、アメリカのクロフォード・ロングという医師によるものだ。しかし、吸入麻酔を世界に広め、外科手術の時代を動かしたのは、アメリカ・ボストンの歯科医、ウイリアム・モートンである。

ある日、彼のかつての師匠が麻酔の効果を示そうと、多くの関係者を集めて公開実験に臨んだ。だが、効き目が弱かったのか、患者が泣き叫ぶ事態となり、大失敗に終わってしまった。

「次は自分が挑戦しよう」と考えたモートンは、鎮痛作用のある揮発性の液体・エーテルに着目した。そして、これを麻酔に用いて抜歯を行うなど、入念に準備を進めていった。

一八四六年十月、彼は見学席付きの大きな手術室にいた。手術を外科医に頼み、自分は麻酔だけに集中できる態勢をとった。患者のあごにあった腫りゅうは、無事に切除された。患者は眠ったままだ。外科医は叫んだ。「諸君!これは、まやかしではない」。

手術室の興奮は、たちまち全米へ、ヨーロッパへと広まり、やがて吸入麻酔による大手術成功のニュースが次々と両大陸を飛び交うようになった。世界の外科は一変したのだ。

吸入麻酔の価値を世界に広めた「近代麻酔の父」、モートン。公開実験に使われた建物は保存され、彼の功績をたたえる「エーテル・ドーム」として記念碑的な存在となっている。

(監修/松木明知 先生 弘前大学医学部 名誉教授)

不可能だった大手術を可能にし、外科医療を大きく進歩させたエーテル麻酔

一人の歯科医が世界の外科を変える

ウイリアム・モートン(William Morton, 1819-1868)

ウイリアム・モートン
(William Morton, 1819-1868)

1846年10月に行われた吸入麻酔の公開実験成功によって、世界の外科を一変させたのは、町の歯科医・モートンだった。彼のエーテル麻酔は、医師には、いままで挑むことのできなかった大手術を可能にした。また患者には、いままでは耐えることができなかった痛みをなくし、眠っている間にすべてが終わっているという、まさに夢の手術を可能にした。

彼の業績の大きさは、1852年に次のような理由で名誉学士を送られたことからも推察できる。「人類に対するこの価値の付けられない贈りものは、マサチューセッツ総合病院の手術室から生まれた。世界が感謝しなければならないその人は、ウイリアム・モートン医師である」*1

(*1 Rushman GB, et al.:A Short History of Anesthesia; The first 150 years, 1996より)

麻酔成功の公表が遅れたロング

クロフォード・ロング(Crawford Long 1815-1878)

クロフォード・ロング
(Crawford Long 1815-1878)

1842年、モートンより先にエーテル麻酔を医療用に用いたのは、ジョージア州の医師・ロングだ。彼は、エーテルを吸入すると、殴られても、傷つけられても、それを覚えていないことから、それは外科手術に応用できそうだと気づいていた。そして若い患者の首のできものを切除するため、タオルにエーテルを浸み込ませ、患者に吸入させて手術を成功させた。しかし彼はそれを大発見などとは思っていなかったので、彼が論文で発表した1849年には、すでにモートンの名声は不動のものとなっていた。

公開実験に失敗したウェルズ

ホレス・ウェルズ(Horace Wells, 1815-1848)

ホレス・ウェルズ
(Horace Wells, 1815-1848)

モートンの師匠であったウェルズは、コネチカット州で歯科医院を開業していた。彼は地元で笑気ガスを使ったショーを見たとき、笑気を吸入した人物が、すねを激しくぶつけたのに痛みを感じていないのに驚き、これを 使えば痛みなしで抜歯できるかもしれないと考えた。このとき、ウェルズはたまたま親知らずの痛みを抱えていた。彼はショーの出演者を自分の歯科医院に連れていき、笑気を使った抜歯の実験台になった。実験は大成功だった。彼はその後、15人の患者に笑気ガスを用いた抜歯を行った。

1845年にウェルズは、かつての弟子モートンを頼ってボストンへ行き、マサチューセッツ総合病院の外科医を紹介してもらい、手術室での公開実験に漕ぎつけた。ウェルズは自分で患者に麻酔をし、抜歯もした。しかし抜歯された患者が痛がり、屈辱的な失敗となってしまった。

一息吸うだけで紳士を自由にするガス*2

一息吸うだけで紳士を自由にするガス*2

エーテルと笑気

どちらも吸入麻酔薬として使われたが、エーテルは引火性があるため、今日では使われない。

・エーテル(ジエチルエーテル)
以前はよく使われた揮発性の液体麻酔薬。交感神経刺激作用があり、血圧や脳圧の上昇などがみられることもあるが、不整脈は起こしにくい。

・笑気(亜酸化窒素)
常温で気体のガス麻酔薬。麻酔作用は弱いが、他の麻酔薬と組み合わせて用いれば、導入は早く、鎮痛作用も強い。

(*2  Thorwald J: Das Jahrhundert der Chirurgen, 1956より)

万全の準備で公開実験に臨んだモートン

著名な科学者ジャクソン博士に相談し、エーテルに絞る

ウェルズの笑気麻酔の公開実験が失敗したのを見たモートンは、エーテルの可能性について検討を始めた。そして、ハーバード大学医学部出身で、ヨーロッパでも学び、科学全般に明るいことで有名なジャクソン博士に相談した。そこで液体のままのエーテルを歯根に浸して痛みをとり、その後エーテルのガスを吸わせると効果が非常に高くなるというアドバイスを受けてからは、エーテル一本に絞って研究を重ねた。モートンは数十人の患者に対し、抜歯時にエーテル麻酔をかけてテストを重ねた。

エーテル吸入器を開発する

モートンのエーテル吸入器(*1)

モートンのエーテル吸入器(*1)

エーテルは揮発性の液体なので、麻酔薬として吸入させるには、気化させる必要がある。布にエーテルをしみこませて吸入させる方法が一般的だが、モートンは、公開実験の直前までかけて専用の吸入器を開発した。ガラス球の中に海綿を入れ、そこにしみこませたエーテルから出るガスを、吸入口から吸い込む方式で、吸気弁、呼気弁も付いていた。

公開実験には麻酔担当者として参加

モートンは医師免許を持たない歯科医なので当然だが、手術は外科医に依頼し、自分は麻酔に集中して患者の様子に気を配る立場をとった。これは現在の麻酔科医の立場と似ている。

公開実験の会場は、ウェルズが失敗したのと同じマサチューセッツ総合病院の手術室だったが、モートンは成功した。患者は印刷工の若い男で、下あごにできた腫りゅうは、外科医の手で見事に切除された。外科医が一流の人物であったことも手伝い、この公開麻酔実験の成功は、大きく報道されるところとなった。

エーテル・ドーム

歴史的な手術室「エーテル・ドーム」が保存されているマサチューセッツ総合病院(米国・ボストン)の建物。一般の人々にも公開されている。

エーテル・ドーム

公開されている現在の「エーテルドーム」

エーテル麻酔の普及で可能になった大手術

たちまち海を越えたエーテル麻酔

エーテル麻酔成功のニュースはアメリカ大陸だけにとどまらず、またたく間にヨーロッパにも伝わった。モートンの公開実験から2ヵ月後の1846年12月には、ロンドンの歯科医がエーテル麻酔による抜歯に成功している。また同月には、ロンドン大学の外科教授であるリストンが、エーテル麻酔による下腿切断術に成功した。1847年には、フランスでもエーテル麻酔が行われている。

日本人も見たモートンのエーテル麻酔

モートンの麻酔成功のニュースは、オランダを経由して日本にも伝えられた。1860年(万延元年)、日米修好通商条約の批准書交換のために渡米した使節団一行のうち医師3人は、フィラデルフィアのジェファーソン医科大学で、モートンが麻酔を担当する膀胱結石手術を見学したことがわかっている。*3 モートンの麻酔成功は、世界的なトピックだったのだ。

(*3  松木明知:麻酔科学の源流,198-204, 1956より)

恵まれなかったモートンの晩年

ジャクソン博士との間で功績を争う

モートンが公開実験に成功すると、エーテル麻酔を彼にすすめたジャクソン博士が、自分こそエーテル麻酔の創始者だと主張し始めた。またモートンは、麻酔薬がエーテルだということを隠し、「ルシオン」という特殊な薬品名をつけて特許を取ろうとしたことから問題は複雑化し、その争いは20年近く続けられた。モートンはジャクソン博士への訴訟を準備しているさなかの1868年、ニューヨークのセントラルパークで脳卒中の発作を起こし、死亡した。一方のジャクソン博士は、1880年に精神病院で死亡している。



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